オースティの歴史

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1988年にニューブライダルメーカーとして日本へ上陸

オーストラリアから日本へ上陸後、早速会社登記をする為に法務局を訪問しました。登記方法を法務局の方に相談をするのに何度訪問しても100%の外国法人の登記をした事はないらしく法務局でもどの様にするのか前例がなく「分からない。」との事。

丸一日かけて話しをしても担当者からは「合弁合資会社を作り登記する方が早いのでは。」との回答で、しかしそれではオーストラリアから上陸した意味が無く、100%オーストラリア法人で登記をする事が大きな意味を持つのだと言う事を法務局に説明しました。

しかし、担当者は顔を曇らせ、オーストラリアの書類には印鑑がなく「本物かどうか分からない。」と疑う回答もあり、それであれば大使館で証明を貰い再度訪問する事に。それでもやっぱり100%外国法人の登記をした前例がなく、法務局でも大勢の人に関わって貰うが分からないとの返事で、色々な説明をするのに2ヶ月もの月日を費やしてしまいました。

再度大使館へ駆け込み、領事に100%外国法人の登記が出来そうにない事を伝えた所、副領事がその話を聞きムッとした顔で「なぜ出来ないのだろう?オーストラリア大使館が認めているのに。」と少々立腹。お互い国の書類の違いが如実に出てしまった訳で、書類はオーストラリアと日本を行き来する事4ヶ月いったいどうなるのか?毎日が不安でいっぱいの中、大使館と法務局を行き来する事が仕事になってしまいました。

その上、更に問題が発生。次は日本に於ける代表者を選出しなければならないとの事。それは言葉では簡単ですが、オーストラリアで役員会議を何度も開きその度に英文を和訳し、大使館にて宣誓し大使館の承認が必要で、今度はオーストラリアと日本を行ったり来たりする事トータル6ヶ月もの月日を費やしました。

でもそのお陰でやっと登記する事が出来、こんなに苦労するとは誰もが思っていなかったので、本当に生みの苦しみだった事を思い出します。

その後も、何をするのも大使館へ届けを提出する必要が有り、日本の企業ならば簡単に法務局で出来る事でもAustyはオーストラリアの会社、全てオーストラリア大使館へ届けを出した後に法務局への提出となりました。大げさに言えば全て大使館経由で何事も行う必要が出て来たのであり大変な事でしたが、

これにより100%のオーストラリアの会社が日本へ上陸した1歩となった訳です。

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